『運転保安設備の解説』1(通票閉そく式)
新しい鉄道の信号保安システムとして、海外ではCBTC、国内でもATACSといった「移動閉そく」(前後の列車との安全な間隔を保ちつつ高密度運転を可能とする方式)が実用化段階にある昨今ですが、今なお列車運行管理の主流は旧来から使われてきた、固定的な閉そく区間を用いる「固定閉そく」です。
「閉そく」はこれまで親サイト通票よんかくの大きなテーマとしてきたところではありますが、移動閉そくなどの新技術は詳しい方にお任せして、改めて「固定閉そく」について、自分の復習も含めてよもやまっていきたいと思います。
・そもそも「閉そく」「通票」とは? → 通票よんかく「通票は列車の通行手形」
・閉そく方式の諸相についてはこちらも併せてどうぞ → 通票よんかく「新明解通票辞典」
とはいえ、よんかくが上からエラソーに講釈を垂れたところでツッコミどころ満載になると思うので、ここは一定の学術的裏付けとしてよんかく蔵書のひとつ『運転保安設備の解説』を援用させていただきます。

昭和48(1973)年初版の古い本で旧・日本国有鉄道運転局の吉武勇氏と明本昭義氏の共著、そして上席たる鈴木宏運転局長が序文をしたためられています。序文によれば、従来の鉄道設備に関する本は電気工学的アプローチの技術書が多かったため、現場職員にもわかりやすく実務に直結する専門書として発刊したとのことで、乗務員等養成課程でのテキスト的な使われ方をしていたものと推察されます。

奥付には著者の「検印」が貼付してあります。かつては検印の押印数で書籍の売り上げを著者・出版社双方で確認していたのですが、何万部も刷ると押してられないので現在は「検印廃止」の表示や©️の著作権表示をしたりしています。「印税」というコトバはこの検印から来ているそうです。
版元である日本鉄道図書株式会社はすでに廃業、この本の版権も他の出版社に譲渡された形跡がないため、現在では古書店で入手するしかないようです。もちろん著作権フリーとは断言できないので、当ブログでも「引用」として内容をご紹介したいと思います。
なお、この本は運転保安設備について相当程度の知識を有することを前提としており、よんかくもいまだに理解が追いついていない部分が多々あります。文面だけで意味を汲み取りにくいと思われる部分は、よんかく自身も調べつつ【よんかく補足】として追記していますので、必要に応じてお読みください。
引用の線路図に出てくる信号機記号は次のとおりです。腕木式信号機なんかそのまんまですね。

それではまず非自動閉そく方式、その代表格にしてよんかくの大好物である通票(タブレット)閉そく式について、引用しながら見ていきます。

A駅 B駅
いきなり線路図が出てきましたが、通票閉そく式に限らず非自動閉そく方式では停車場(列車交換や分岐の設備がある駅及び信号場)の場内は駅長の管理下にあり、その範囲は図の「駅長が管理する区間」のように上下場内信号機の内方となります。逆に上下場内信号機の外方は「閉そく区間」で、両駅の間で閉そく作業が行われない限り列車が進入できない区間です。
【よんかく補足】左側をA駅、右側をB駅とすると、
●A駅関連の信号機は色灯式、B駅関連は腕木式です。また、分岐部分に毛が3本立っているのは定位開通方向(通常時開通している向き)を示します。
◼️A駅の場内・出発信号機は半自動(保留現示あり)です。赤(定位)から青(反位)へは閉そく作業後に駅長が信号てこ(信号現示を変えるスイッチ)で転換し、列車が軌道回路(図の太線部分)を踏むと青から赤に自動的に転換するので「半自動」です。
▲「保留現示」とは、列車が軌道回路を踏んで信号現示が青から赤に自動転換しても信号てこは青(反位)位置のまま保持され、駅長が信号てこを一旦赤(定位)位置に戻してからでないと再び青に転換できない、という機能です。非自動閉そく路線で信号が自動的に赤から青に変わると、閉そくが担保されていないのに進行と誤認して列車が進入・進出するおそれがあるためです。

↑ 閉そく区間内に複数列車を進入させないための唯一無二の物的証拠である通票とそれを収納する通票閉そく機(器)についての解説ですが、この文面だけでは閉そく器から取り出した通票がなぜ唯一無二の存在となるのかがよく分かりません。
蛇足ながら写真の閉そく器は「日向」の表示があるので、総武本線日向駅のいずれかの隣駅(八街or成東)に置かれていたものでしょう。また、文中で促音「っ」を大文字の「つ」で記してあるのは昭和63(1988)年以前の法令の表記法に倣ったもので、国鉄というお役所関係の書物なのでむべなるかなという感じですね。

↑ 閉そく器の図解で、取り出せる通票がなぜ唯一無二なのかが分かってきます。閉そく区間ごとに通票の種別(第1〜4種)が定められており、定められた種別の通票を持つ列車のみが当該閉そく区間に進入できます。
【よんかく補足】
●閉そく区間の両端停車場に同種別の一対の閉そく器があり、両駅長が共同で閉そく器を操作することにより、どちらか一方の停車場で1個の通票が取り出せるようになります(=閉そく区間内において唯一無二)。
◼️閉そく作業が完了すると、通票の取り出し口である下部引手を手前に引いて通票を取り出します。下部引手には通票の直径・厚みと同じ大きさの凹みがあり通票はその凹みに嵌った状態で出てくるので、物理的に1回の操作で1枚の通票しか取り出せません。
▲上部引手にも通票の直径・厚みと同じ大きさの凹みがあり、使用済みの通票を嵌めて上部引手を押し込み閉そく器に返納します。上部引手の凹みの内側には通票種別固有の出っ張りがあり、通票に刻まれた切り欠きに合致しないと嵌め込むことができません。
●閉そく区間内においては唯一無二の通票ですが、通票自体は一対の閉そく器に計24個収納されています。

↑ 閉そく器の各部の説明です。ここは読み進めればだいたい理解できるように書いてくれています。
【よんかく補足】
●「閉そくによる引手の状態」図で「定位」は下部引手が押し込まれた状態を示します。

↑ いよいよ閉そく作業の実践編で、プランジャーは前頁で言う電鍵のことです。上記の手順を踏み通票が閉そく器から取り出されてから収納されるまでの間が「甲-乙間が閉そくされている」状態です。
【よんかく補足】
●(1)駅間の打合せは列車を発車させる側の停車場(甲駅)から列車が到着する側の停車場(乙駅)に対して行われ、「(列車番号)列車を発車させるので閉そくを依頼する」といった内容を鉄道電話で連絡します。この電話連絡の後、両駅で閉そく器の操作に取りかかります。
◼️(2)半開状態となった乙駅閉そく器では下部引手に嵌っている通票が1/3ぐらい顔を出しますが、取り出すことは不可能です。
▲(3)全開した下部引手には電気錠がかかり、乙駅からの送信があるまで定位に戻すことができなくなります。
●(2)(3)の手順では、検電器が半開または全開を指示している間に解錠電鍵を押しながら下部引手を引かなければならず、両駅間の阿吽の呼吸が試されることとなります。
◼️(4)通票を乙駅閉そく器の上部引手に収めると電気錠が解除され、半開状態の下部引手を定位に戻せるようになります。乙駅の下部引手を定位に戻すことによって甲駅の下部引手を定位に戻すための送信回路が構成され、乙駅で送信電鍵を押している間に甲駅では解錠電鍵を押しながら下部引手を定位に戻します。
なお、よんかくが実際に閉そく作業をやってみた動画を当ブログ「ゆすばるDAY」に掲載していますので、ご覧になっていない方はぜひご笑覧ください。かなり危うい閉そく作業ですが・・・
これにて通票閉そく式の解説は終了です。
いやぁ、原典の文体がお堅いので読み下すのも大変ですね(汗
最初にも書きましたが、よんかくが今まで関心・興味の対象としてきた「閉そく趣味」を見つめ直す意味も込めて『運転保安設備の解説』シリーズはこれからもぼつぼつ続けていく予定ですので、どうぞお付き合いくださいませ。
もちろん、よんかくとしてはいつものユルい「よもやま話」の方がよっぽど性に合っているので、そちらのほうも引き続きよろしくです。

『運転保安設備の解説』巻頭口絵から
