すし駅弁 2

「すし駅弁 1」のつづき)

東海方面から西のすし駅弁、まずは東海道本線いなり寿司紀行といきましょう。

富士駅「元祖 いなりずし」(富陽軒)

1989(平成元)年9月2日購入

古くから富士駅で駅弁を扱ってきた富陽軒の「元祖」いなりずし。日本国内に普遍的に分布すると思われるいなり寿司の元祖を名乗るのは相当な自信とお見受けしますが、大正年代から長年に亘り富士駅で売られてきた伝統的駅弁だそうなので、もしかすると「いなり寿司駅弁の元祖」という意味なんでしょうか。内容は俵形のいなり寿司5個に甘酢生姜が添えられるシンプルさです。
このいなり寿司は富士駅身延線ホームの売店で購入しましたが、現在は富士駅での駅弁販売はなくなり、東海道新幹線新富士駅上りホームと改札外の売店のみで購入可能なようです。

豊橋駅「登録商標 稲荷寿し」(壺屋弁当部)

1989年7月24日購入

当ブログ「駅弁アート」にも出てきた包み紙で、こちらは「元祖」ではなく「登録商標」です。壺屋さんといい富陽軒さんといい、なぜいなり寿司にこんなにいろいろ箔を付けたがるのか不思議ではありますが、いなり寿司そのものには三角形か俵形かの他にあまり大きな地域差は見られないので、自社製品として少しでも特色を出したいという思いの現れかも知れません。ちなみに、この登録商標は「稲荷寿し」という表記に対してされているものと思われます・・・そうでないと勝手にいなり寿司と銘打って販売できないことなりますからね。
商品内容は俵形のいなり寿司7個と小袋入りの紅生姜で、食べすぎるとアタマが痛くなりそうな超甘ったるい濃厚稲荷寿司は壺屋弁当部ファンよんかくのオキニ駅弁です。
姉妹品の助六寿司は稲荷寿司とかんぴょう巻きの盛り合わせ(←「ちょっと飯田線」

 

草津駅「ひとくちいなり寿司」(南陽軒)

                            2000(平成12)年7月21日購入

明治年間から草津駅弁を扱ってきた老舗・南陽軒。現在は近江牛を使ったガッツリ系駅弁が主力ですが、素朴な包み紙のいなり寿司もロングセラーとして健在です。その名のとおり小ぶりな三角形のいなり寿司が8個と小袋入りの甘酢生姜という内容で、壺屋弁当部さんほど濃厚ではないサッパリとした甘さが特徴。高価な近江牛駅弁が居並ぶ中にあって、低額な商品なのに経木製の弁当箱に収められています。
そして「いなりある所に助六あり」との法則?どおり、いなりと太巻きの助六寿司も。

草津駅は草津線の分岐駅であるほか、停車する優等列車は「はるか」数本と「ひだ」のみという決して駅弁がバンバン売れるような駅ではないのですが、今でも改札外ながら駅売り店を設けているのは賞賛に値します。なお、「湖北のおはなし」「ステーキ弁当」で知られた米原駅弁の井筒屋さんが2025年2月限りで撤退したのち、米原駅の新幹線改札内売店に南陽軒さんの弁当も置かれるようになったとのことです。

京都駅「いわな寿司」(萩乃家)

1998(平成10)年3月15日購入

上手いのか下手なのかよくわからないイワナ画の包み紙に、イワナの酢漬けの押し寿司が横長八角形の経木製弁当箱に半身ずつ2列、丸ごと1匹分収められています。保津川や賀茂川の上流域あたりでイワナやアユが獲れたのか「あゆ寿司」なる姉妹品まであり、このほかにも萩乃家は幕の内弁当、あみ焼き弁当、洋風弁当など500円台の驚異的コストパフォーマンスなラインナップで知られていました。(←「駅弁アート」
明治年間から京都駅弁を販売してきた萩乃家さんですが2000年代初頭に駅構内販売から突然撤退。撤退というよりJR系ケータリング会社を入居させるため駅(J西)側から退去させられたのが真相のようで、現在の京都駅では各地の駅弁を揃えた大規模駅弁店で「萩乃家以外」の各種商品が販売されています。
なお、萩乃家さんは今も駅から徒歩数分のところで仕出し店を営業中で、前日までの事前予約で駅弁を販売してくれるそうです。また、予約の際に頼めば駅にも持ってきてくれるようなので、駅構内営業の許可自体はまだ続いているのかも知れません。予約販売なのにサイトに電話番号がないミステリー

京都駅からは山陰本線に乗り換えてすし三昧。

綾部駅「日本海松葉かに かに寿し」(鶴寿軒)

購入日不詳(1998〜9年ごろ?)

冬場にカニ漁とカニ食い客で賑わう山陰本線沿線では「かに寿司」駅弁が多く見られますが、同沿線とはいえ海から離れた綾部駅の「かに寿し」はちょっと不思議な気がします。
鶴寿軒はもともと西舞鶴駅と東舞鶴駅で「かに寿司」などを販売していた業者で、舞鶴は株式会社鶴寿軒、綾部は有限会社鶴寿軒というビミヨな違いの理由や事情は不明ですが、舞鶴港に上がるカニを使った綾部駅「かに寿し」は両鶴寿軒の連携プレーによるものでしょう。内容はよく覚えていないのですが、酢飯の上にほぐし身と足の身が乗っているオーソドックスなものだった気がします。
どちらの鶴寿軒も2000年代初頭に廃業されたようで、特急列車の発着も多い綾部、西舞鶴、東舞鶴の各駅での駅弁販売は現在は行われていません。

豊岡駅「但馬名物かにずし」(たで川)

2002(平成14)年8月8日購入

皇族方へも献上されたたで川の「かにずし」は、豊岡駅と城崎(現・城崎温泉)駅で販売されていました。内容は鶴寿軒と同じく酢飯の上にカニのほぐし身と足の身が何本か乗っているスタイルで、薄切りの紅生姜と漬物数点がアクセントです。
たで川さんも2010年ごろ駅弁から撤退されたらしく、ストリートビューで所在地を見たらホテルに建て替わっていました。山陰本線江原駅近くに「割烹たで川寿司」というお店がありますが関係は不明です。
また、現在の城崎温泉駅では鳥取駅弁のアベ鳥取堂と神戸・淡路屋の2社が同駅オリジナルの駅弁を販売しています。

鳥取駅「山陰鳥取 あご寿し」(アベ鳥取堂)

2002(平成14)年8月9日購入

「元祖かに寿し」が有名なアベ鳥取堂のバイプレーヤー的駅弁。「あご」は主に日本海側でトビウオを指す名称で、この「あご寿し」はあごの身を開いて酢漬けにしたものと昆布を長方形の酢飯に乗せてバッテラ状の押し寿司としたもの。箱のデザインもトビウオが跳ねまくっています。
あごは本来ちくわなどの加工原料とされ、そのまま食べることは少ないそうですが見事に駅弁化しています。一方、こちらで出てきた佐世保駅「あごめし」に乗っていたあごは稚魚のような小さなものが数匹で、ほんまに同じ「あご」なんか?と思ってしまうような違いがあります。
ちなみにアベ鳥取堂さんの「元祖かに寿し」・・・また「元祖」乱発か?と思いましたが、同社サイトによるとカニの身の保存技術を独自開発して全国で初めてかに寿司の通年販売を行ったとのことで、それなら元祖の称号もうなづけるというものです。

紀伊勝浦駅「さんま姿寿司」(川柳)

2020年10月1日購入

「鮪素停育(マグロステーキ)弁当」と並ぶ紀伊勝浦駅の名物駅弁。内容はご覧のとおり酢漬けのさんまの押し寿司で、これで650円というのも感激価格と言えるでしょう。同様のさんま寿司は新宮駅弁「丸新」さんも販売していましたが2010年代に閉業され、新宮駅弁そのものがなくなってしまいました。
観光客がバス・マイカーに転移して紀勢本線の斜陽化が進み、昔日の賑わいを失った紀伊勝浦駅。駅舎付設の駅弁売り場が閉まっていたので、徒歩2分ぐらいのところにある調製元の「お食事処川柳」さんにお邪魔して作っていただきました。お話を伺うと近々駅弁をやめるとのことだったので、帰りの車中で寂しい思いをしながら口に運んだものでした。
それから約5年、川柳さんは料理店・仕出し弁当店として盛業中で、サイトによるとなんと現在もさんま姿寿司のほか鮪素停育弁当などが買えるようで、嬉しい限りです。

人吉駅「鮎ずし」(人吉駅弁やまぐち)

1991年5月10日購入

こちらで紹介した「栗めし」と並ぶ、人吉駅弁やまぐちの主力商品「鮎ずし」。包み紙の図柄には「栗めし」と同様、素材のどアップ写真が使われています。青竹を縦半分に割った形をした緑色のプラ容器に、開いたアユを乗せた押し寿司と薄切りの紅生姜を添えたシンプルさで、同じく川魚使用の萩乃家「いわな寿司」に似たイメージの一品です。
人吉(人吉温泉)駅はJR肥薩線とくま川鉄道のジャンクションでありながら、2020年7月豪雨被害により今なお「列車の来ない駅」です。調製元のやまぐちさんは運休後も人吉駅前で駅弁の製造販売を続け、クルマで人吉を訪れた観光客などに好評を博していましたが、2025年5月に出水駅・鹿児島中央駅の駅弁業者である松栄軒に経営統合して再スタートを切ったそうです。
肥後西村-湯前間ですでに運転再開しているくま川鉄道は2028年に全線復旧の見込みで、さらに肥薩線も2033年ごろを目途に復旧へ向けて動き出したとの情報もあり、まだ先は長いものの再び鉄路上に列車の姿が甦るその時まで、人吉駅弁が守り続けられることを願ってやみません。