道内時刻表1985年8月号 その7 名寄線・天北線

名寄線

宗谷線名寄から石北線遠軽までオホーツク海沿岸を淡々と走り、1989年4月30日限りでに廃止された際は「本線で初の廃止」と騒がれました。

遠軽発普通1622Dが興部で急行「紋別」に化け、名寄から宗谷線に乗り入れ深川で「はぼろ」を併結して札幌へ向かいます。これに対応する名寄発普通1623Dは遠軽から急行「大雪2」となって旭川へ。なので、途中の下川では札幌行と旭川行が交換することになります。
下り「紋別」は、幌延行「はぼろ」と滝川から普通となる富良野行を併結した3階建てで札幌を発ちます。下り「大雪1」は遠軽から1634Dとなって興部終着です。
興部から興浜南線、渚滑から渚滑線が出ていましたが、この時点ではどちらも廃止後でした。
なお、営業キロ欄が・・・となっているのは仮乗降場で、ここで乗る場合は前の駅からの運賃、降りる場合は先の駅までの運賃が必要でしたが、JR化とともに駅に昇格し営業キロが設けられました。

中湧別からぴょこっと湧別までの支線が出ていました。私は遠軽356着の「大雪4」から622Dに乗り換え、中湧別からいったん湧網線の佐呂間まで行き、折り返しキハ40単行の940Dで湧別へ向かっています。1日2往復ですが湧別には駅員がおり、中湧別までの切符を記念に買いました。
後日乗車した627Dは扇風機なし・白熱灯のキハ22(旭キミ)2連で、上記の佐呂間発湧別行を含めキハ40はどれもアサ車だったので、当時の北見区は老朽車両の吹き溜りだったのでしょうか。

列車本数もそこそこある長大路線なのでよもや廃止はないだろうと思っていましたが、意外とあっさり廃止されてしまいました。

天北線

急行「天北」は一番下の「道内のブルートレイン」にも記載があるように14系客車の6連で、「宗谷」「利尻」と共通運用のためハネ2両が座席車扱いとなっていました。宗谷線内だけ「天北」に乗りましたが、前向き・簡易リクのハザ車の方が人気でハネ車がガラガラだったのは当然と言えば当然でしょう。ただ、ハネ車は他に誰もいなければ横になることができました(笑
音威子府発小石行743Dという長い区間列車があります。当時の小石は交換設備が撤去され「閉そく扱いのある棒線駅」となっていたので、小石に着いた743Dは即折り返すしかありませんが、折り返し列車に相当する列車が時刻表上では見当たりません。実は743Dの車両は回送で鬼志別まで戻って側線に入り、727Dに併結して稚内へ向かっていました。
鬼志別と浜頓別との間に飛行場前という仮乗降場がありますが、かつての陸軍浅茅野飛行場が廃止された跡地近くに設置されたもので、別に空港最寄駅というわけではありませんでした。
浜頓別からは興浜北線が出ていましたが、この時点では既に廃止されています。

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