時刻表1961年10月号 地図編その1

先日、我が家の物入れをごそごそしていたら、またとんでもないものが出てきました。
1961年10月号の小型時刻表(京阪神版)です。何版というのか知りませんが、縦147ミリ×横186ミリという珍しいサイズです。

実はこの時刻表の存在は以前から知っていまして、大昔に私の亡き親父が「こんなん出てきたわ」と私にくれたのを、長年忘れたまま塩漬けにしていたものです。
発行元は日本交通公社。今は株式会社JTBが正式社名となりましたが、この当時は「財団法人日本交通公社」で、現在も公益財団法人として存続しJTBの筆頭株主です。

さてさて、見どころツッコミどころ満載のこの時刻表、巻頭の線路図からご覧いただきましょうか。
まずは九州。

サイズの都合上かなり地図がデフォルメされていて、九州ってもっとシュッとしていると思うのですがひどい寸胴姿に押し潰されています。
その複雑さで有名だった筑豊の炭鉱路線網が案外あっさりしている印象です。
上山田線上山田-豊前川崎間と漆生線漆生-下山田間、篠栗線篠栗-桂川間が未成で、そのかわり幸袋線(こうぶくろせん 小竹-二瀬間)がありました。
唐津線や松浦線(現・松浦鉄道)からぴょこぴょこ短い支線が出ていたりします。
南の方に目を転じれば、なんと日南線の南宮崎-北郷間がまだ繋がっていません。日南線はてっきり南宮崎側から伸びてきたものと思っていたので意外でした。
肥薩線大畑ループの左側にあるループ線は山野線の久木野ループで、1度だけ乗りましたが大畑ほど眺めが良くなく、知らないうちに通り過ぎていた地味なループ線でした。

続いて山陽から四国、近畿方面。

京阪神版の時刻表なのに大阪の真ん中で図がぶった切られています。
三セク化した路線もありますが今の路線網とあまり変わりありません。
変わったところといえば、式敷-浜原間が未成の三江線と、伊部-東岡山間が未成の赤穂線と、加計までしかない可部線と、廃止となった大嶺支線、倉吉線、篠山線、鍛冶屋線、徳島の鍛冶屋原線と小松島線、国鉄連絡線の宇高航路・仁堀航路・大島航路ぐらいでしょうか。むちゃくちゃ変わってるがな

京阪神付近の拡大図。

名古屋方面を含めた「京阪神名」という区分名称は珍しいですね。
大阪環状線が環状に繋がったばかりのせいか、地図上は環状に描かれていません。
関西本線が全線太い線で描かれていて、当時はまだ名阪間の動脈として機能していたことを偲ばせます。同様に、参宮線も終点鳥羽まで太線です。
もちろん湖西線はなく、膳所から浜大津までひと駅だけ出ている支線は京阪石山線が踏襲しています。

つづいて東海から関東です。

京阪神拡大図があるからか、京都周辺と滋賀県の半分ぐらいが黙殺されています(泣
スペースの関係で能登半島が無残に変形していたり、飯田線と身延線の駅の稠密さがムカデかヤスデのような多足類的様相を呈していたりします。
ここも三セク化で国鉄・JRではなくなった路線が多くあるものの、完全廃止となった路線は少なく、特に関東方面ではこの図にない新線が多く開業していて、路線図的には今の方が賑やかになっていますね。今はなくなってしまった中小の私鉄路線が数多く見られるのも特徴でしょう。

東京付近図です。

東京付近図なのに大阪名物福おこしの広告と並んでいます。せめて雷おこしに
何かスッキリしているなと思ったら、新幹線がないんですね。加えて、横須賀線新線や根岸線、埼京線、京葉線、武蔵野線などがないのもその一因でしょう。
奥多摩が氷川を名乗り、五日市線が武蔵岩井まで走っていた時代です。

次回は東北・北海道方面をご覧いただきます。