駅弁アート
現在の駅弁というと厚紙の箱入りのものが主流ですが、かつては経木(薄い木の板)の弁当箱を掛け紙で包んで紐をかけたものがデフォルトで、紐をほどいて掛け紙をめくって蓋をあけるという一連のプロセスにはある種の儀式性すらあり、えも言われぬワクワク感がありました。
そんな駅弁の「顔」である掛け紙や紙箱などの包装について、今回はよんかくが昭和〜平成中期あたりに集めた駅弁コレクションから秀逸というか出色というか、もはや芸術の域に達していると勝手に思ったものを何点かご覧いただきたいと思っています。
選抜基準に多大なる独断と偏見が含まれているのはご容赦のほどを・・・
十和田南駅「名物 錦木おこわ」(渋谷弁当部)
よんかくサイト・非自動写真館の花輪線ページに載せているものなんですが、あちらは画質劣悪でもありここに再掲しました。
若い男女の哀しい恋物語を今に伝える謡曲「錦木塚(にしきぎづか)」の一節とともに、奥入瀬渓流「銚子の滝」と秋田三大盆踊りの一「毛馬内盆踊り」のイラストの素朴な筆遣い。内容は赤飯の幕の内弁当で、500円は良心的を通り越して経営が心配になるぐらいの破格の内容でした。調製元の渋谷弁当部は2000年代初めに撤退されています。
この駅はもともと毛馬内駅だったのを観光ブームに乗って十和田南駅と改称したものの、観光駅としての機能をほとんど失った今となっては毛馬内駅に戻してもいいのでは?と愚考したりしています。
山形駅「特製 九十九鶏弁当」(紅花軒)
九十九鶏軍団が描かれた掛け紙。この写真では足は分かるけど頭がどこで尻尾がどこなのかよく分かりませんが、なかなかのインパクトです。内容は鶏そぼろが一面に敷き詰められた上に切り身が数切れ乗っているオーソドックスなもの。昭和62(1987)年のスタンプがあるのでかなりの年代物ですが、調製元の紅花軒はすでに撤退、現在はその名も九十九鶏本舗が製造販売されているとのことです。
郡山駅「山菜きじ焼弁当」(東北軒)
モノトーンな囲炉裏の絵に赤い「山菜」の文字が映える、民芸調の掛け紙です。てっきり雉(キジ)の肉が使われていると思って買ったのですが、中身は鶏肉を焼いた切り身がご飯の上に数切れ乗っているというものでした。雉肉でなくても鳥類の肉に濃いめの甘辛味をつけて焼く料理全般を「きじ焼」と言うんですね。そう言えばスーパーなんかで実際に雉肉を売ってるところを見たことがないです、確かに。
調製元の東北軒はすでになく、現在の郡山駅弁は福豆屋とウェルネス伯養軒が担っているとのことです。
成田駅「特製御弁当」(桑原)
カラシ色のバックに成田山の提灯と新勝寺大本堂のイラストという、食べがらと一緒にゴミ箱に放り込むとバチが当たりそうな荘厳?なデザインの掛け紙です。中身は至って基本的な幕の内弁当で、経木ではなく発泡スチロール的な材質の弁当箱に入っていました。
調製元の合資会社桑原は「とんかつ弁当」が知る人ぞ知る主力商品で、正直この「特製御弁当」よりも良コスパのボリューミーな弁当でした。同社は2003(平成15)年に閉業、成田駅から駅弁が消えました。
横浜駅「横濱チャーハン」(崎陽軒)
「シウマイ弁当」で著名な崎陽軒の定番弁当。現在は紙箱入りになってデザインも変わっていますが、1998年当時は木の弁当箱に掛け紙スタイルでした。横濱開港、鉄道開通、文明開化をイメージした図柄が現行のものよりオサレっぽい感じです。これも内容に照らして520円(当時)はかなり良心的でした。
姉妹品として「炒飯弁当」というのもありますが「横濱チャーハン」とどう違うのでしょうか・・・
甲府駅「甲州やき肉弁当」(甲陽軒米倉)
パステルカラーっぽい色遣いの風景画に甲州ことばのミニ辞典があしらわれています。「その二」とあるので他の弁当とのリレーものだったのでしょうか。
内容はご飯の上に豚肉の切り身がいくつか乗っているよくあるタイプの内容だったと思います。近畿民のよんかくは「焼肉」の肉が牛でなく豚だったことに目眩を覚えましたが
この弁当は1995(平成7)年に購入したものですが、wikipedia情報では調製元の甲陽軒米倉は1998年にJR東日本系のNREに吸収されたようです。
新潟駅「特撰 越佐弁当」(新発田三新軒)
こちらは甲州やき肉弁当の淡い色彩と違って極彩色というか派手な色遣いで、「越佐弁当」「新潟米こしひかり」の文字がさらに派手さに輪をかけています。しかも弁当箱に比してずいぶん大きなサイズの掛け紙で、よほどいろんな絵柄を盛り込みたかったのでしょうか。
ちなみに越後と佐渡で「越佐(えっさ)」だそうで、山海の幸満載の内容かと思いきやごくフツーの幕の内弁当でした。しかし950円はちょっと高いよぅ・・・
松本駅「駅弁浪漫 彩りさわやか無農薬新鮮野菜添え地鶏めし」(イイダヤ軒)
前回のめし駅弁シリーズで漏れていた「めし駅弁」です(汗
色遣いの派手さは「越佐弁当」に負けていませんが絵柄は千代紙のような素朴さで、現在もほぼ同じデザインで販売されているようです。内容は西都城駅「かしわめし」(せとやま弁当)のようにご飯の上に地鶏の切り身が乗ったもので、おかずの代わりに生野菜がぎっしり詰め込まれたヘルシー志向の弁当です。
ところで「4月10日は駅弁の日」とはこの弁当で初めて知りました。弁当の「とう」で10日、それに数字の4と十を縦に組み合わせたら「弁」の字になるという(なるか!)よくある苦しいこじつけ記念日のようです。
富山駅「日本海の幸 うま煮弁当」(源)
「ますのすし」が有名な株式会社源の海鮮幕の内弁当。おかずに使用されている魚介類のスケッチ風イラストは駅弁掛け紙としては地味ではありますが、商品の特徴を見事に言い表しています。
弁当内容は絵柄のとおり、ほたるいかの甘露煮、ばい貝のしぐれ煮、ますの昆布巻などが少量ずつ添えられているというものでした。今は販売されていません。
岐阜駅「美濃路弁当」(嘉寿美館加藤商店)
岐阜を中心とした美濃国の古地図をデザインした掛け紙で、地図好きのよんかくは思わずジャケ買いしてしまいました(笑) 中身は特に美濃路を感じさせるものもないフツーの幕の内弁当だったのですが、おかずが質量ともに結構充実していて、幕の内の中ではかなりハイレベルな部類だったように思います。
調製元の嘉寿美館加藤商店の閉業により岐阜駅からは駅弁がなくなり、新幹線岐阜羽島駅では名古屋の松浦商店の弁当が売られています。
豊橋駅「稲荷寿し」(壺屋弁当部)
粋ですねぇ。渋めの明治・大正テイストですが昭和年代にも何度か絵柄が変わっているようで、思ったほど古いデザインではないようです。
それにしても「いなりずし」が壺屋弁当部の登録商標とは知りませんでした。いなりずし自体は普遍的な名称ですから「稲荷寿し」という表記で登録されているのでしょう。
壺屋弁当部ファンのよんかくですが「空箱を車窓外にお捨てになることをご遠慮ください」←そんな奴おらんやろ!とココだけはツッコみたくなりました。
京都駅「あみ焼洋食辨当」(萩乃家)
特にどうという特徴もない掛け紙なんですが、いかにも網目のような書体の「あみ焼」と、昭和初〜中期ぐらいに流行っていたレトロ書体の「洋食辨当」という文字が周りの花びら模様とうまく調和しています。
500円という低価格ながら、しっかり網目のついた大きめの豚ロース網焼きがドカンと乗った食べ応え十分な幕の内弁当でした。
調製元の萩乃家は2010年前後に京都駅構内販売から撤退し(某JR系ケータリング会社に追い出されたとの噂も)、現在は駅に程近い本店で弁当を扱っているようです。一時期、京阪三条駅や出町柳駅の売店で販売しているのを目撃しましたが、今はどうなっているのか不明です。最近は観光公害の京都に行く気が・・・
三宮駅「神戸食館」(淡路屋)
良く言えば独創的、悪く言えばぶっ飛んだ駅弁で名を馳せる神戸の淡路屋。
いきなりどでかい建物がデーンと、とても駅弁のパッケージとは思えぬ意匠は記載のとおり神戸税関で、税関が駅弁のイメージキャラになるというのもたいがいすごい話ですな。税関と聞いて食欲減退する人もおられるかと
中央部のご飯を取り囲むようにさまざまなおかずが並べられている、和洋折衷幕の内弁当でした。さすがにこのデザインはナニだったのかして何度かパッケージの絵柄が変更されたようですが、今はこの弁当自体販売されていないようです。
今治駅「特選 鯛めし弁当」(二葉)
真っ赤な鯛の魚拓風イラストが鮮烈です。「鯛めし弁当」には内容により3種類のランクがあり、この「特選」は最も高い1,160円(1992年当時)のもの。鯛のほぐし身の炊き込みご飯に幕の内的おかずがたっぷりという、食べ応えのある一品。調製元の二葉は駅弁以外に仕出し弁当などを広く手掛けており、しまなみ海道の四国側玄関口という好立地もあって鉄道客以外にも弁当の需要が多いものと思われます。
四国で地元製の駅弁を売っているのは、高知駅とこの今治駅の2か所のみとなってしまいました。
松山駅「(商品名不明)」(鈴木弁当店)
「スズキのおべんと新聞」なる掛け紙に包まれた幕の内弁当。表裏にびっしり書かれた「記事」は松山市周辺のニュースや四季折々の話題などじっくり読ませる内容のもので、故・中島らも氏による4コマ漫画、無造作に捺された調製日付印と「¥600」のスタンプがさらにシュールさを際立たせています。
他にも「醤油めし」「瀬戸のあな子」「マドンナ辨當」などのユニークな商品で知られていた鈴木弁当店は2018年4月に突然閉業、今は岡山駅弁の三好野本店が醤油めしを復活させて松山駅で販売されているそうです。
鳥栖駅「焼麦」(中央軒)
横浜駅の崎陽軒シウマイと並ぶ駅売りシューマイ。説明書きにもありますが小麦製の皮で包んで焼いたり蒸したりする料理を中国ではすべからく「焼麦」と呼んでいたそうで、そうすると餃子や豚饅も「焼麦」の一種ということになりますね。
上の赤い箱は焼麦の単品で、弁当にアレンジしたものが「焼麦弁当」と下の「長崎街道焼麦弁当」。九州北部によくある「かしわめし」をベースに、おかずとして焼麦が5個添えられています。
描かれている建物は過去の鳥栖駅舎かと思いきやどうもそうではなく、しかしどこかで見たような・・・と思っていたらなんと岩徳線(旧・山陽本線)西岩国駅と酷似、というかそのものです。鳥栖駅と西岩国駅との間にどのような関係があるのか不明ですが、おそらく大正ロマンの雰囲気を出すために引っ張ってこられたものでしょうか。ただただ、謎です・・・
いろんなデザインや色遣いを駆使して自らの特徴を最大限にアピールし、購入者に選んでもらうために工夫を凝らしてきた駅弁の掛け紙。駅弁が鉄道旅行に欠かせない存在だった時代、どんな小さな駅の駅弁にも独特の顔があり、土地土地にいい絵描きさんやデザイナーがたくさんいたことがうかがえます。
もちろんここに取り上げなかった駅弁包装も個性的なものばかりなので、また違うテーマでできる限りたくさんご紹介していきたいと思います。
食後のデザートに