線区別通票種別一覧

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路線・区間名横に※印を付した線区の1965年時点のデ−タは、まゆつば鉄道様から頂きました。
  (国鉄関西支社「運転取扱基準規程・昭和40年」による)


東海道本線 貨物支線(1) 膳所−浜大津〈1965〉 

票 券

路線廃止

膳所■浜大津
1969年に廃止。この区間は京阪石坂線と線路を共用する3線式軌道でした。もちろん京阪は現在もこの路盤の上を走っています。
東海道本線 貨物支線(2) 梅小路−丹波口〈1965〉  

タブレット

路線廃止

梅小路◎丹波口 
大阪方面から山陰本線への短絡線。貨物列車なきあとは錆取り列車が細々走るのみで、たまに臨時列車が通る程度でした。山陰本線新駅設置と梅小路公園整備の支障になるとして2016/2/28廃止。
東海道本線 貨物支線(3) 東灘(貨)−湊川(貨)〈1965〉 

タブレット

路線廃止

東灘(貨)●神戸港(貨)■湊川(貨)
神戸港−湊川間は1980年に廃止、残った東灘貨物駅(現・信号場)−神戸港間も2003年に廃止されました。旧・湊川駅は神戸駅と隣接し、現在のハ−バ−ランドあたりにあったそうです。
山陽本線 和田岬支線 兵庫−和田岬〈2001.6.24〉  

スタフ
(1965年時点はタブレット)

自動閉そく化

兵庫●和田岬
2001/6限りで電化されキハ35は引退し、スタフもほどなく消え去りました。
山陽本線 貨物支線 兵庫−兵庫港(貨)〈1965〉  

タブレット

路線廃止

兵庫■新川(貨)●兵庫港(貨) 
1984年に廃止。兵庫から和田岬支線と約1キロ程度併走したのち分かれ、兵庫港突堤まで延びていました。
加古川線 加古川−谷川〈1965〉 

タブレット

自動閉そく化

加古川▲日岡●神野■厄神▲粟生●社町■野村●黒田庄■谷川
野村=現・西脇市。列車本数増により、1990/10/1に電子符号照査式(光方式)の特殊自動閉そく化。1999年には一部区間で、無線を利用したバリス式列車検知形閉そく装置 (COMBAT) の試験が行われました。
鍛冶屋線 野村−鍛冶屋〈1965〉  

野村−西脇…タブレット
西脇−鍛冶屋…票券

路線廃止

野村▲西脇●鍛冶屋
JR化後の1990年に廃止。同じく加古川線から出ていた三木線・北条線が三セク化された反面、こちらはレ−ルを残すことができませんでした。
高砂線 加古川−高砂〈1965〉  

票 券

路線廃止

加古川●高砂
国鉄高砂工場への出入場線でもありましたが、工場閉鎖とともに198412/1廃止。島式ホームの野口で対面の別府鉄道列車と同時発車するシ−ンを憶えている人も多いのでは。
播但線 飾磨港−和田山〈1965〉  

タブレット(併合は票券)

自動閉そく化
(飾磨港−姫路間は廃止)

飾磨港◎飾磨■姫路●京口▲野里■仁豊野●香呂▲溝口◎福崎■甘地●鶴居▲寺前■長谷●生野▲新井■竹田◎和田山併合閉そく…寺前●生野▼和田山)
1972/2に姫路−仁豊野間、1977/10に仁豊野−和田山間が自動閉そく(特殊)化。1986/11/1に廃止となった飾磨港−姫路間は貨物主体で、晩年期の旅客列車は1日2往復という閑散ぶりでした。
篠山線 篠山口−福住〈1965〉  

スタフ

路線廃止

篠山口■福住
1972/3/1に早々と国鉄バスに転換。のちJRバスも撤退し、現在は神姫バスが運行しています。
姫新線 姫路−新見 

タブレット(併合は票券)

自動閉そく化

〈1965〉姫路▲余部◎太市●本竜野■東觜崎▲播磨新宮●西栗栖■三日月▲播磨徳久●佐用■上月▲美作土居●美作江見■林野▲勝間田◎東津山●津山■院庄●坪井▲美作追分●美作落合■久世▲中国勝山●月田■富原▲刑部●岩山◎新見併合閉そく…播磨新宮▼佐用●東津山)
〈1978.10改正〉姫路(上記に同じ)津山■院庄▲坪井●美作落合■久世▲中国勝山●月田■刑部▲新見併合閉そく…姫路■播磨新宮▼佐用●東津山)→ 糸崎車掌区車掌長様から情報をいただきました 
〈1986.2.27〉津山▲坪井●美作落合■久世▲中国勝山●月田■刑部▲新見
急行「みまさか」「みささ」などが通過授受。上月まではほぼ各駅ごとに閉そく扱いをしていました。それにしても併合の仕方が大胆ですね。姫路−上月間は自動閉そく(特殊)、上月−新見間は特殊自動閉そく、1986/11全線にCTC導入。
赤穂線 相生−東岡山〈1965〉 

相生−西大寺…タブレット
西大寺−東岡山…連査

自動閉そく化

相生●播州赤穂■日生▲備前片上●伊部■長船▲西大寺(連査)東岡山
時期不明ですが相生−日生間は単線自動閉そく化。日生−西大寺間はこの後一旦連査閉そくとなったのち、東岡山まで1983/7に自動閉そく(特殊)化されました。
草津線 草津−柘植〈1965〉 

タブレット(併合は票券)

自動閉そく化

草津▲手原■石部●三雲▲貴生川■甲南●甲賀◎柘植併合閉そく…草津▼貴生川■柘植)
1980/3/3に桜井線、和歌山線(王寺−五条)と同時に電化。その直前の1979年末に自動閉そく(特殊)化されています。
信楽高原鐵道(旧 国鉄・JR信楽線
 貴生川−信楽〈1985.2.25〉 
 

スタフ
(1965年時点は票券)

非自動現役

貴生川●信楽
信楽高原鐵道への移管後、1991/3/16の小野谷信号場設置とともに特殊自動閉そく化しましたが、JRからの臨時列車と正面衝突事故が発生。運休期間ののち、1991/12/8にスタフ閉そくに戻して運転を再開しました。
奈良線 京都−木津〈1965〉 

タブレット(併合は票券)

自動閉そく化

京都●稲荷■桃山▲木幡●宇治■新田●長池▲山城青谷●玉水■棚倉▲上狛◎木津併合閉そく…京都●桃山■木津)
併合閉そく区間が実にアンバランスですね。ここは電化後「みやこ路快速」など列車本数が急増、日中はほぼパタ−ンダイヤとなりました。1975/12に単線自動閉そく化。
桜井線 奈良−高田〈1965〉 

タブレット

自動閉そく化

奈良●京終■帯解▲櫟本●天理市■柳本▲三輪●桜井■畝傍◎高田
「天理市」はもとの丹波市から改称されたものですが、わずか2年ほどで天理に再改称されました。難読駅のオンパレ−ドのような路線ですね。1976/1に奈良−天理間、1979/2/に天理−高田間が自動閉そく(特殊)化。
片町線 木津−四条畷〈1965〉 

タブレット

自動閉そく化

木津●祝園■田辺▲長尾●津田■星田▲四条畷〈1985/2/25時点でも木津−長尾間が左記のとおりであることを現地確認〉
学研都市線として今をときめく同線も非電化時代はタブレット。沿線風景ともども、その変わり様には驚きます…。
長尾−四条畷間は1979/10に複線となり、最後に残った非自動区間・木津−長尾間は電化直前の1989/2に自動閉そく化。
和歌山線 王寺−和歌山市 他〈1965〉 

タブレット(併合は票券)

自動閉そく化
(大和二見−川端間は廃止)

王寺●志都美■下田▲五位堂(信)●高田▲大和新庄●御所■掖上▲吉野口●北宇智■五条▲大和二見●隅田■橋本▲高野口●妙寺■笠田▲名手●粉河■打田▲岩出●船戸■布施屋▲田井ノ瀬●和歌山■和歌山市併合閉そく…王寺●高田■吉野口▼五条●橋本■粉河▼和歌山)
【支線】和歌山第一信号扱所▲東和歌山
【貨物支線(票券閉そく)】大和二見■川端(貨)
五位堂(信)=現・JR五位堂。また、ちょっとややこしいですが和歌山=現・紀和、東和歌山=現・和歌山 です。当時は現在と違って大半の列車が和歌山又は和歌山市発着で、東和歌山へ入る列車は日に数本程度でした。そこで気になるのが東和歌山への分岐点である「和歌山第一信号扱所」(田井ノ瀬−和歌山間)で、ここはおそらく和歌山駅の構内扱いで、東和歌山方への分岐と閉そくを行っていたものと思われますが、今となっては詳細不明です。高田▲大和新庄を除けば●■▲…のリズムがきれいに続き、おまけに併合閉そくも●■▼…となっています。1973/9の田井ノ瀬−和歌山間を皮切りに、1979/2〜3に王寺−五条間、1984/7に五条−田井ノ瀬間が自動閉そく(特殊)化されました。
紀勢本線 新宮−白浜 亀山−新宮はこちら 

タブレット(併合は票券)

自動閉そく化

〈1965〉新宮▲三輪崎●紀伊佐野■宇久井▲那智●紀伊勝浦■下里▲紀伊浦神●紀伊田原■古座▲串本■紀伊有田●田並▲和深■江住●見老津◎双子山(信)▲周参見■紀伊日置●椿▲紀伊富田■白浜●朝来◎紀伊新庄▲紀伊田辺■芳養●南部▲岩代■切目●印南▲稲原■和佐●道成寺▲御坊/東和歌山(現・和歌山)◎和歌山(現・紀和)併合閉そく…新宮▼紀伊勝浦■串本◎周参見●白浜■紀伊田辺▼南部◎印南●御坊)
〈1970年代後半〉
新宮(上記に同じ)紀伊勝浦■湯川◎下里−(上記に同じ)−白浜 → 糟谷滋様から情報をいただきました
亀山−白浜間275.4キロもの長大タブレット閉そく区間の後半部。電化直前まで非自動が生き残っていました。時期不明ですが湯川に交換設備が設置され、通票扱いが始まりました。1965年当時、御坊−海南間は単線自動閉そく、海南−東和歌山間は複線自動閉そくでした。1978/3/31に単線区間が単線自動閉そく化・CTC導入。
山陰本線 京都−伯耆大山〈1965〉 
米子−長門市はこちら 

京都−福知山…タブレット
福知山−伯耆大山…連査

自動閉そく化

京都▲丹波口●二条■花園▲嵯峨●保津峡■馬堀◎亀岡▲千代川■八木●園部■殿田▲胡麻●下山■和知▲立木●山家■綾部▲石原●福知山(連査)伯耆大山
伯耆大山−米子間は単線自動閉そく。列車本数がさほど多くないと思われる福知山−伯耆大山間が連査化していたのに、京都口がタブレット閉そくのままというのは意外です。1966/3/25に京都−園部間が、1967/3/31に園部−和田山間が自動閉そく化され、綾部−福知山間の複線化が1968〜9年にかけて実施されました。ちなみに連査閉そく式区間の自動化は和田山−城崎間が1968/3/25、城崎−香住間が1968/9/29、香住−上井(現・倉吉)間が1970/9/30、上井−伯耆大山間が1972/1/20でした。
舞鶴線 綾部−東舞鶴 他〈1965〉 

タブレット(併合は票券)

自動閉そく化(両支線は廃止)

綾部◎梅迫▲真倉■西舞鶴●東舞鶴併合閉そく…綾部▼西舞鶴)
【支線】東舞鶴■中舞鶴
【貨物支線(スタフ閉そく)】西舞鶴▲海舞鶴(貨)
東西舞鶴からそれぞれヒゲ線が1本ずつ。港町・舞鶴は鉄道の町でもあったんですね。海舞鶴は1966年に「舞鶴港」と改称されました。1982/10/15に自動閉そく化。
宮津線(現・北近畿タンゴ鉄道)
西舞鶴−豊岡 

タブレット

自動閉そく化

〈1965〉西舞鶴◎四所●東雲■丹後由良▲栗田●宮津■天橋立●岩滝口▲丹後山田●丹後大宮■峰山▲網野●丹後木津■丹後神野▲久美浜●但馬三江◎豊岡 → ゴン太様から1984/2/1時点の西舞鶴−天橋立間の情報をいただきました 運転時刻表の写真
〈1988.7.22〉西舞鶴◎四所■丹後由良●宮津■天橋立▲丹後山田●峰山▲網野■久美浜◎豊岡
移管直前の1990/3に特殊自動閉そく化。国鉄・JR時代は特急「あさしお」、急行「丹波」「丹後」「大社」などが通過授受を行っていました。夏場、海水浴臨の入り乱れていた頃が懐かしいですなぁ。
南海電鉄貴志川線(現・和歌山電鐵)
和歌山−貴志〈1989.11.21〉

タブレット

自動閉そく化

和歌山(凸)日前宮(凹)岡崎前▲伊太祁曽●貴志
なんと穴の形が凸・凹のタブレットがありました。かつて地方私鉄には、このような変則的な通票を使用していたところが多かったようです。1993/4/1自動閉そく・CTC化、2006/4/1和歌山電鐵貴志川線として再出発。
野上電鉄 日方−登山口〈1989.11.21〉

票 券

路線廃止

日方■重根(カマボコ断面型)紀伊野上(六角形)登山口 → てる様から情報をいただきました 
ここにも変な穴の形の通票が存在しており、それぞれ「ニカク」「ロッカク」と呼ばれていたそうです。重根−登山口間は日中は併合閉そくで、通票は▼。1994/3/31限りで廃止。
有田鉄道 藤並−金屋口〈1989.11.21〉

票 券

路線廃止

藤並■金屋口
票券閉そく式とのことですが実質的にはスタフ閉そくです。最晩年は平日のみわずか2往復の運転で有名でしたが、2002/12/31限りでついに廃止となってしまいました。
三木鉄道 厄神−三木〈2001.11.23〉 

スタフ
(1965年時点は票券)

路線廃止

厄神●三木 
国鉄三木線時代は多くの列車が加古川まで乗り入れていましたが、三セク化後は線内運転のみ。2008/4/1廃止。
北条鉄道 粟生−北条町

スタフ
(1965年時点は票券)
→ 票券指令閉そく

非自動現役

〈2001.11.23〉粟生■北条町
〈2020.6.28〉票券指令閉そく式に変更 粟生−法華口−北条町
長らく全線1閉そくのスタフ閉そくでしたが、法華口の交換設備設置とともに全国初の新しい非自動閉そく方式「票券指令閉そく」が導入されました。通票の代わりにICカ−ドを使い、北条町駅にいる指令員と運転士が交信しながら閉そく扱いを行います。
嵯峨野観光鉄道 トロッコ嵯峨−トロッコ亀岡

スタフ

非自動現役

トロッコ嵯峨★トロッコ亀岡
観光客で賑わうトロッコ列車もスタフでの運転。トロッコ嵯峨(JR嵯峨嵐山)−トロッコ嵐山間は山陰本線下り線と線路を共用し、自動閉そくにより運転しています。


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