(おことわり)下記本文中、駅などの写真にリンクしている部分がありますが、これらの写真は
後の渡道時に撮影したもので、1985年時点のものではありません。


函館本線

函館−倶知安−旭川
423.1キロ

路線概要
いわずと知れた北海道の大動脈だが、長万部−倶知安−小樽の山線部分は閑散区間でタブレット閉塞。特急や急行が通過授受を行っていた。

閉塞方式
長万部−小樽…タブレット閉塞 当時の通票種別
上記以外…自動閉塞

函館本線上砂川支線
(廃止)

砂川−上砂川
7.3キロ

路線概要
元・運炭路線。函館本線の一部という位置付けのおかげで廃止を免れ続けて来たが、JR化数年後についに廃止となる。6往復のピストン運転。途中駅は砂川3.7下鶉(しもうずら)0.8鶉1.3東鶉1.5上砂川

閉塞方式
スタフ閉塞


歌志内線 うたしないせん
(廃止)

砂川−歌志内
14.5キロ

路線概要
上砂川支線と同じような環境にあったにもかかわらず、独立した路線であったことが災いしてか、先に廃止されてしまった。8往復のピストン運転。
途中駅は砂川3.9焼山4.4文珠1.3西歌2.2神威1.6歌神1.1歌志内

閉塞方式
非自動閉塞だが閉塞方式不明。運転形態からするとスタフ閉塞か。

江差線

五稜郭−江差
83.3キロ

路線概要
五稜郭−木古内間は現・津軽海峡線。木古内から松前線が分岐しており、6往復の函館−江差間列車はすべて松前線列車を併結していた。失礼ながら、津軽海峡線がなければ松前線と同じ運命をたどっていたかも知れない。

閉塞方式
タブレット閉塞 当時の通票種別

松前線 まつまえせん
(廃止)

木古内−松前
50.8キロ

路線概要
江差線木古内から分岐。6往復の列車はすべて江差線列車に併結して函館発着。

閉塞方式
タブレット or スタフ閉塞
閉塞区間は木古内24.2千軒14.5渡島吉岡12.1松前


瀬棚線 せたなせん
(廃止)

国縫−瀬棚
48.4キロ

路線概要
区間運転以外は全列車長万部・函館方面へ直通。

閉塞方式
タブレット or スタフ閉塞
閉塞区間は国縫16.6花石14.0今金17.8瀬棚

幌内線 ほろないせん
(廃止)

岩見沢−幾春別
18.1キロ

路線概要
北海道初の鉄道・手宮−幌内間の一部。そのような歴史を持ちながら、あっさり廃止されてしまった。幌内は三笠から分岐した先にある貨物駅。7往復のDC列車ピストン運転の他、幌内行貨物列車も少ないながら走っていた。

閉塞方式
タブレット or スタフ閉塞
三笠は分岐駅のため閉塞扱いをしていたと思われる。
閉塞区間は岩見沢10.9三笠7.2幾春別

胆振線 いぶりせん
(廃止)

伊達紋別−倶知安
83.0キロ

路線概要
有珠山の火山活動により何度か大打撃を受けつつも復旧を重ねて走り続けてきたが、JR化を待たずに廃止。新大滝−御園間の分水嶺が運転上の区切りとなっており、全線通し列車は4往復しかなかった。かつては札幌発札幌行循環急行「いぶり」も走っていた。

閉塞方式
タブレット閉塞
閉塞区間は伊達紋別17.1久保内17.9新大滝13.4御園10.8喜茂別10.4京極13.4倶知安 当時の通票種別 

室蘭本線

長万部−東室蘭−沼ノ端−岩見沢
209.3キロ
東室蘭−室蘭
8.1キロ

路線概要
函館本線と並ぶ大動脈だが、優等列車のない苫小牧−岩見沢間は複線区間が残るものの閑散化著しい。

閉塞方式
自動閉塞
苫小牧−岩見沢間も、複線区間はもちろん単線区間にも閉塞信号機が建っており、現在でもある程度の高密度運転が可能。

千歳線

白石−沼ノ端
56.6キロ

路線概要
当時はすでに幹線の貫禄を備えていたものの、普通列車の本数はそれほど多くなく、日中など1時間以上間隔の空くことも。特急「ライラック」が室蘭まで乗り入れ、快速「エアポート」はまだ走っていなかった。

閉塞方式
自動閉塞(全線複線)

石勝線

千歳空港−追分−新夕張−新得
132.4キロ

路線概要
北海道で最も新しい国鉄線。楓−新得間は開業当初から優等列車しか走らない特急街道。その楓までの普通列車は当時は4往復走っていた。現・トマム駅は当初は石勝高原駅と名乗っていた。信号場ファンにはたまらない路線だが、鬼峠トンネル内の鬼峠(信)は廃止された。

閉塞方式
自動閉塞


石勝線夕張支線

新夕張−夕張
18.2キロ

路線概要
旧・夕張線のまま残るかと思われたが石勝線の一部にされてしまった。昔は紅葉山(現・新夕張)から登川までの支線があったが、石勝線建設工事のため廃線となり、登川付近に現在の楓駅が設置された。

閉塞方式
タブレット・スタフ閉塞
1992.7.10現在の通票種別


札沼線

桑園−新十津川
76.5キロ

路線概要
85年当時の札幌−石狩当別間は日中約1時間毎、朝夕でも30〜60分ヘッドの運転で、現在の過密ダイヤからは想像できないのんびりさだった。逆に浦臼−新十津川間は現在より多い5往復が設定されていた。

閉塞方式
桑園−石狩当別…自動閉塞
石狩当別−新十津川…タブレット or 票券 or スタフ閉塞
閉塞区間は石狩当別20.4石狩月形16.4浦臼13.8新十津川
1992.7.6現在の通票種別


日高本線

苫小牧−様似
146.5キロ

路線概要
急行「えりも」が苫小牧−静内間3往復、静内−様似間2往復。川では富内線が分岐していた。

閉塞方式
苫小牧−勇払…連査閉塞
勇払−様似…タブレット閉塞
閉塞区間は苫小牧13.1勇払9.6浜厚真7.8鵡川20.8日高門別14.3厚賀16.5静内14.9春立7.2日高三石7.2本桐17.3浦河13.3西様似2.9様似(赤字の駅ではタブレット通過授受あり)
通票種別は 勇払◎浜厚真▲鵡川 以外は不明。


富内線 とみうちせん
(廃止)

川−日高町
82.5キロ

路線概要
日高本線川から分岐。日高町までは4往復、富内・振内までの区間運転が各1往復。うち5往復が苫小牧直通。

閉塞方式
タブレット閉塞
閉塞区間は鵡川15.8旭岡21.5穂別8.2富内12.9振内24.1日高町
当時の通票種別

根室本線

滝川−根室
311.4キロ

路線概要
石勝線開業を境に滝川−新得間が一気にさびれてしまった感じ。当時の特急は「おおぞら」のみで、そのうち1往復は函館発着。釧路を越えて根室方面へ直通する列車はこの当時からすでになかった。

閉塞方式
滝川−釧路間…自動閉塞
釧路−根室間…タブレット閉塞
タブレット閉塞区間は釧路2.9東釧路20.4上尾幌18.4門静4.9厚岸20.2茶内23.7厚床25.9落石19.0根室(赤字の駅ではタブレット通過授受あり) 当時の通票種別


富良野線

旭川−富良野
54.8キロ

路線概要
当時からフリークエンシーに優れた路線。富良野も美瑛も、現在ほど観光地化していなかったように思う。

閉塞方式
自動閉塞


石北本線

新旭川−網走
234.0キロ

路線概要
特急は「オホーツク」3往復の他、はるばる函館から「おおとり」1往復。夜行は急行「大雪3・4」。昼行の「大雪1・2」は遠軽から普通に化けて名寄本線へ直通していた。常紋(信)での列車交換もあり、上川−白滝間には普通列車が4往復も走っていた。

閉塞方式
自動閉塞
私が訪れる直前までタブレット閉塞をやっていたらしいが…。

釧網本線

網走−東釧路
166.2キロ

路線概要
急行「しれとこ」が2往復。釧路から網走まで普通列車で行こうとすれば1日2回しかチャンスがなかった。標茶から標津線が分岐。

閉塞方式
自動閉塞
ここも自動化直後だったようだ。

標津線 しべつせん
(廃止)

標茶−中標津−根室標津
69.4キロ
厚床−中標津
47.5キロ

路線概要
2区間から成り、中標津で接続して「イ」の字のような線形をしていた。標茶−根室標津間6往復、厚床−中標津間4往復。車窓風景は人工物が極めて少なく、北海道の原風景を堪能できる路線だった。

閉塞方式
タブレット閉塞
閉塞区間は標茶12.7泉川9.8西春別9.4計根別15.2中標津13.0川北9.3根室標津/厚床23.8別海23.7中標津
通票種別は標茶−中標津間川北●根室標津、別海■中標津 以外は不明。

池北線 ちほくせん
北海道ちほく高原鉄道に移管

池田−北見
47.5キロ

路線概要
列車本数は、北見口で若干増えた以外は移管前後であまり変化がない。本別

閉塞方式
タブレット閉塞 
移管後の通票種別


広尾線 ひろおせん
(廃止)

帯広−広尾
84.0キロ

路線概要
幸福・愛国きっぷブームで収支係数が好転したとか駅舎が建て替えられたとかさまざまな伝説を持つスーパー地方交通線。しかし神通力も続かず、JR化を待たずに廃止。6往復のDC列車が走り、日高本線とともに襟裳岬へのアプローチを担っていた。

閉塞方式
タブレット閉塞
閉塞区間は帯広28.1中札内13.9上更別18.6大樹23.4広尾


士幌線 しほろせん
(廃止)

帯広−十勝三股
78.3キロ

路線概要
末端部の糠平−十勝三股間は利用客僅少(1日数人)のためバス代行運転を行っていた。利用客が増えれば列車運転を再開することになっていたが、再開はおろか全線廃止されてしまった。黒石平駅は勾配の関係で下り列車のみ停車し、上り列車は隣の電力所前仮乗降場に停車するという変則的な運転もやっていた。


閉塞方式
帯広−糠平…タブレット閉塞
糠平−十勝三股…無閉塞(笑)
閉塞区間は帯広10.0音更20.1士幌8.3上士幌21.3糠平


深名線 しんめいせん
(廃止)

深川−名寄
121.8キロ

路線概要
ここは昔から列車本数が少なかった。深川−幌加内間6往復、幌加内−朱鞠内間3往復(土曜は4往復)、朱鞠内−名寄間3往復。しかも朱鞠内を境に独立したダイヤを組んでいて、接続は恐ろしく悪かった。乗りつぶし派泣かせの路線。

閉塞方式
タブレット or スタフ or 票券閉塞
閉塞区間は深川27.3鷹泊16.4幌加内35.1朱鞠内43.0名寄
1992.7.13現在の通票種別


留萌本線

深川−留萌−増毛
66.8キロ

路線概要
留萌から羽幌線が分岐。深川−留萌間はほぼ各駅ごとに交換設備があり、羽幌線直通急行や貨物列車なども交えて列車本数は結構多かった。

閉塞方式
タブレット閉塞
閉塞区間は深川3.8北一已5.0秩父別5.6石狩沼田6.3恵比島7.6峠下6.2幌糠5.5藤山4.2大和田5.9留萌16.7増毛(赤字の駅ではタブレット通過授受あり) 1992.7.9現在の通票種別

羽幌線 はぼろせん
(廃止)

留萌−幌延
141.1キロ

路線概要
留萌本線留萌から分岐。本線の倍以上の長さの大支線。全線走破する列車は、普通5往復のほか急行「はぼろ」も。天売・焼尻へのアプローチでもあった。

閉塞方式
タブレット閉塞
閉塞区間は留萌8.7小平17.4鬼鹿15.6古丹別16.6羽幌21.2初山別23.8遠別18.9天塩18.9幌延


美幸線 びこうせん
(廃止)

美深−仁宇布
21.2キロ

路線概要
内陸部の美深とオホーツク沿岸の北見枝幸を結ぶという、壮大というか無謀な構想のもと敷かれた路線。経費が収入の40倍近い「日本一の赤字線」として有名に。途中駅は美深4.3東美深2.0辺渓(ぺんけ)14.9仁宇布(にうぷ)。4往復だが仁宇布は有人駅。
車内補充券

閉塞方式
スタフ閉塞


宗谷本線

旭川−音威子府−幌延−稚内
259.4キロ

路線概要
現在は一大盲腸線となってしまったが、当時は羽幌線や天北線、深名線、名寄本線などが寄り添って賑やかだった。名寄以北の列車本数はあまり変わらないが、旭川−稚内をロングランする客車鈍行が気を吐いていた。

閉塞方式
旭川−永山…自動閉塞
永山−音威子府…連査閉塞
音威子府−稚内…タブレット閉塞
タブレット閉塞区間は音威子府6.3筬島18.0佐久8.3天塩中川13.9問寒別7.9雄信内15.7幌延16.5豊富15.0兜沼5.8勇知8.3抜海11.7南稚内2.7稚内(赤字の駅ではタブレット通過授受あり)


天北線 てんぽくせん
(廃止)

音威子府−南稚内
148.9キロ

路線概要
山間部と海岸部の両方を楽しめる線で、宗谷本線の迂回路線でもあった。全線通して走るのは普通5往復と札幌からの急行「天北」。浜頓別からは北見枝幸に至る興浜北線が分岐していたが、訪問のわずか1ヶ月前に廃止されてしまった。宗谷岬へは声問からバスに乗るのがリーズナブルな行き方だった。

閉塞方式
タブレット閉塞
閉塞区間は音威子府15.6小頓別11.5敏音知15.3中頓別19.0浜頓別32.3鬼志別5.3小石17.7曲淵25.1声問7.1南稚内赤字の駅ではタブレット通過授受あり) 1989.3.4現在の通票種別


名寄本線 なよろほんせん
(廃止)

名寄−紋別−中湧別−遠軽
138.1キロ
中湧別−湧別
4.9キロ

路線概要
廃止されてしまった唯一の「本線」。昔は興浜南線(興部[おこっぺ]−雄武)や渚滑(しょこつ)線(渚滑−北見滝ノ上)という支線を抱えていた。興部−名寄間には札幌急行「紋別」、遠軽口には旭川急行「大雪」くずれの普通列車が乗り入れ、列車本数自体は決して少なくなかった。一方、中湧別−湧別間の枝線は日に2往復の超閑散路線だったが、なんと湧別駅には駅員がいた。

閉塞方式
タブレット閉塞
閉塞区間は名寄9.7上名寄6.8下川12.4一ノ橋11.0上興部13.3中興部15.6興部9.9沙留15.4紋別12.8小向16.0中湧別11.7開盛4.5遠軽/中湧別4.9湧別赤字の駅ではタブレット通過授受あり) 1989.3.1現在の通票種別


湧網線 ゆうもうせん
(廃止)

中湧別−網走
89.8キロ

路線概要
名寄本線中湧別から分岐。冬場は車窓からオホーツクの流氷を存分に楽しめた。サロマ湖や能取湖、原生花園など見どころに恵まれた路線だったが、日に5往復では観光の足にはなり得なかった。

閉塞方式
タブレット閉塞
閉塞区間は中湧別16.5計呂地12.8佐呂間30.2常呂30.3網走