2001年3月3日ダイヤ改正で、在来線昼行列車で最長距離を走る大阪・青森特急「白鳥」が廃止されると知った私は、なぜか衝動的に乗りたくなってしまいました。乗るからにはやはり全区間!

てな理由もあって、約10年ぶりの羽州・奥州へ行くことにしました。私の今までの東北旅行は夏〜秋の気候のよい時ばかりで冬は初めてなのですが、まぁ何とかなるわいなとプランニングに取りかかりました。

ところが今年は暖冬との予報を裏切り、東北の日本海側は豪雪とのこと。旅立ちが近づくにつれて目にするのは列車の遅れ、運転休止、事故などの情報ばかり…。どうなることやらと案じつつ、出発の日を迎えました。

      

2/10・11 大阪(きたぐに)新潟(白新・羽越927M)村上

「きたぐに」の自由席は約7割の乗車率。一眠りして金沢あたりで窓外に目をやると、案外積雪は多くない。でも夜が明けて直江津あたりまで来ると、さすが盛大に積もっている。列車が定時で走っているのが不思議なくらいだ。
新潟913発927Mで白新線を快走。新発田入線待ちのため西新発田で数分止められ、3分遅れで村上着。


村上

村上(825D)酒田

村上−間島間は下り線工事のため、上り線による単線運転をなんとタブレット閉塞式で行っていたが、2月5日をもって複線運転に復していた。825Dでも「長らく御迷惑をおかけしました」との車内放送があった。
いよいよ吹雪がひどくなり、外が見えない。今川で8分遅れの大阪行「白鳥」と交換。
当初あつみ温泉で下車して一浴と考えていたのだが、これ以上ダイヤが乱れると由利高原鉄道乗車に支障がありそうなのでパス。西鶴岡信号場で「いなほ3」に追い抜かれるのを待ち、余計遅れが広がって酒田には15分遅着。


今川

酒田(231M)遊佐(いなほ5)羽後本荘

「いなほ」の特急券を50kmまでに抑えるため普通列車で遊佐到着。時間待ちで町歩きをしていたら猛吹雪に見舞われる。「いなほ」は遊佐に20分の遅着。いよいよダイヤの乱れは本格的になりつつある。羽後本荘まで遅れはほとんど取り戻せなかった。

由利高原鉄道往復(17D→22D)羽後本荘(553M)秋田

満員の客を乗せた単行が吹雪の中出発。かぶりつきで前方注視するが、レールが雪に埋もれて見えない。
ここではスタフとタブレットが健在。切符も硬券だ。本荘−前郷のスタフはどこかなと運転席を探したが見当たらず、運転士窓の手前にちょこんと置いてあったポーチのような可愛らしいキャリアがそれだった。信号機は色灯式。矢島の駅舎はロッジのような造りに建て替えられていた。復路は日没後の暗い中、吹雪に窓を叩かれながら定刻に本荘着。
553Mは5分程度の遅れで秋田到着。今夜の宿は川反通りに近いところで、とても歩いて行ける状態でなかったのでタクシーの世話になる。もちろん夜の街をさまよう気にもならなかった…




前郷


秋田

2/12 秋田(リゾートしらかみ)深浦

9時過ぎに秋田駅に到着。発車案内を見ると、とっくに発車したはずの「白鳥」「日本海3」等の文字が…。加えてポイント不転換まで発生し、ダイヤは滅茶苦茶。「白鳥」約50分遅れで入線、明日が思いやられる。「しらかみ」は結局、所定945発のところ1051発。3・4号車の2両編成で、1人なのになぜか3号車のセミコンパートメントが指定されていた。
東能代では1153発岩館行223Dとバッティングしたため2番線に着線変更、10数分停車ののち1149発。ダイヤを見るとこの時間帯の岩館−鯵ヶ沢間はダイヤが空いていて1時間程度の遅れならほとんど支障なさそうで、さすが五能線、と妙に感心してしまう。
五能線の特殊自動閉塞は無線式なので交換駅は通過できず、通過扱いの能代・岩館等では運転停車して運転士が無線で出発要求を行っていた。
断続的に吹雪に合いながら、深浦1310着。


深浦

深浦(リゾートしらかみ)川部

深浦はすぐに発車かと思いきや、交換待ちで発車できないという。この時間に対向列車はないはずだが、なんと深浦1212着の2826Dがまだ着いていないのだ。結局1時間以上の停車で深浦1413発。
鯵ヶ沢1455着。「しらかみ」は鯵ヶ沢−五所川原走行中に車内で津軽三味線の実演があるのだが、交換待ちで停車している間に実演が終わってしまった。27分停車の1522発。
五所川原1546着。乗車予定だった1353発の津軽鉄道ストーブ列車など影も形もある訳がない。後のことを考えると津軽鉄道自体を割愛せざるを得ないと判断し、そのまま川部まで乗ることとした。川部には実に2時間10分遅れの1615着。


津軽三味線

川部(655M)青森

所定は川部1631発だが、これも10分程度遅れて発車。遅れを取り戻すべく快走していたが、次の北常盤進入時に運転士が「あっ」と声を上げたので見ると、雪掻きされていない3番線にポイントが開いていた。最徐行でおそるおそる雪をかき分けながら無事着発できたが、運転士は無線で運転指令に抗議?していた。こんなこともあるんですなぁ。
津軽新城で所定外のコンテナ列車交換待ちがあり、青森には約10分遅れの1720ごろ到着。駅前のホテルに投宿し、早めにベッドに入って明日に備える。5時起きの予定で、目覚しなしで起きる自信はあったが念のため5時20分にモーニングコールをセットする。

2/13 青森(白鳥)大阪

・青森−秋田

前夜仕掛けたモーニングコールに起こされる。これがなかったらどうなっていたかと思うとぞっとする。
6時にホームへ向かうと、9両のA05編成が身を横たえていた。車両にはさほど関心のない私だが、国鉄色の両側ボンネット編成を間近に見るとさすがに興奮する。既にホーム上では少なからぬ人々が行き来しており、名物の立ち売りワゴンも盛況だった。
札幌からの「はまなす」が約50分遅れで到着。「白鳥」も8分遅れの619発。青森発時、普通車指定席は各号車数人ずつの乗車だったがグリーンは半分程度埋まっている。さすが、一見して「その道」とわかる人が多かった。私の席は3号車11A、進行右側で窓まるごと、という極上のポジション(新潟までは、ね)。
発車後すぐに「3月2日で運転取り止めになる特急白鳥です」と哀しい出だしの車内放送が始まる。車掌氏の読み上げる停車駅の羅列が、とても長いものに感じられた。
悪天候で速度規制がかかっているのか、とくに遅れを取り戻そうとしている風でもなく、まったりとした走り。11分遅着の大館では同じく遅れている「日本海1」と交換、それでも秋田にはわずか3分遅れの845着にまで戻っていた。昨日の50分遅れのことを考えれば、大変な健闘と言ってよかろう。停車中に「日本海3」が入線。あちらもほぼ定時運転のようだ。

笹川流れ

・秋田−新潟

秋田847発。奥羽線同様、単線と複線が目まぐるしく入れ替わる。雪模様は相変わらずだが、吹雪の切れ目に象潟跡などの車窓風景も楽しめた。酒田あたりから人が変わったように速度を上げ、遅れ縮小への期待が高まる。日本海の荒波がどこまでも追いかけてくる。
2日前に「白鳥」と交換した今川で、今度は6分程度の遅れで825Dと行き違う。ほどなく「交流羽越」から「直流羽越」に進入し、6分遅れのまま1135村上着。雪はますます勢いを強めるが、新発田から白新線に入ると一線スルーと複線区間で飛ばしまくり、上沼垂区を左下に臨んで新潟1227着。あれだけ必死に走ったのに、遅れが10分に広がっていた。

・新潟−富山

10分遅れの到着とはいえ、新潟では所定で17分も停車するので一気に取り戻す。私も弁当を買い、写真を撮った。もちろん座席も転換。
ここから大阪まではオール複線以上だからよっぽどのことがない限り遅れは出ないだろうと踏んでいたが、さっそく新津で止まった。ドアに雪が挟まって閉まらなくなったためで、とんだ伏兵がいたものだ。5分遅れの1254発。
一生懸命走る「白鳥」だが、このあたりは制限速度ギリギリのスジを引いているから遅れはそうそう縮まらない。やっと1分だけ回復して直江津に1419着。だが今度はベタ遅れの信越線ローカルの接続待ちで12分停車。奇しくも「はくたか10」との同一ホーム並びと相成った。
単複混在の奥羽・羽越線より複線の信越線での遅れの方が大きいとはなんと皮肉な。富山には7分遅れの1540着。

・富山−京都

富山からまとまった乗客があり、3号車は8割程度の乗りとなる。北陸新幹線工事たけなわの金沢でさらに乗り込み、ほぼ満席に。
福井あたりで積雪はほとんどなくなったが、王子保あたりから北陸トンネル口までは再び銀世界となる。敦賀発時点で日没、3回目のデッドセクション通過ははっきりとわかった。
湖西線をこれでもかというくらいに飛ばすためスリルすら感じたが、それでも京都には10分遅れの1848着。所定の7番線には既に「スーパーはくと11」が入線していたので、6番線に着線変更。

・大阪着

京都、新大阪でかなりの客を降ろして身軽になって、大阪には13分遅れの1919到着。3番線に着線変更しており、すぐさま4番線に「ワイドビューひだ34」も入線。3番線は神戸線の快速等も発着するので、列車待ちの客、「白鳥」と「ひだ」からの降車客、写真撮影者が入り乱れて大混雑。「白鳥」との別れには猥雑すぎる環境で、1023.5キロを走り抜けた労をねぎらういとまもなかったが、13時間の旅の心地よい疲労感とともに私は帰途に着くこととした。


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