(現在のところ)日本一のミニ私鉄 芝山鉄道 開業当日初乗りの記
2002年10月27日(日)、千葉県で芝山鉄道(東成田−芝山千代田間、2.2キロ、単線電化)が開業
私は、乗ったことのない鉄道にはぜひとも乗ってみたいという人間だけれど、新線開業のその日を狙ってわざわざ乗りに出かけるような
趣味はない。むしろそういった開業祝いのお祭り騒ぎを忌避してきた。
しかしこの日、私は成田にいた。仕事の都合で前々日まで東京に滞在していたのだが、たまたま芝山鉄道開業がこの日と知り、今度いつ
来られるかも分からないので、とりあえずこうやって来ることにしたのだった。もちろん大混雑やお祭り騒ぎに巻き込まれるのは覚悟の上
だが、多少なりとも混雑を避けるため、前日は成田に泊まってなるだけ朝早い列車に乗ろうと決めていた。
当日、京成成田8時6分発の芝山千代田行(京成上野始発)に乗り込むべく、駅に向かった。手持ちのパスネットカードの残額はわずか
30円で、これでは入場もできないので、券売機で切符を買った。京成250円+芝山190円の計440円なり。
15分くらい前になってホームに入ると、思ったほど人はいない。ホームに立つ人々の大半は大きなバッグやスーツケースを持っていて、
明らかに空港行きだ。しかしホーム最前部にいる5人ほどの人だかりは、一見してその道の同業者集団と分かる、濃い雰囲気を醸し出して
いた。私もその集団に加わるべきかと逡巡したが、結局やめた。
ホームにすべり込んで来た列車は京成車。その道らしからぬ人々も相当数乗っているので、やはり新線開業は一般の人にも関心が高いん
だなぁと思う。1両あたり20〜30名程度の乗り。私は一応先頭車両に乗ったが、これからトンネルに入るため運転席後ろと真ん中のブラ
インドは降ろされていて、とてもかぶりつきを楽しめる状況ではなかった。それでも車両最前部は大混雑だったので、少し離れて座った。
列車は高速で快走し、駒井野信号所で成田空港方面への複線を分かつとすぐ地下トンネルへ入り、ほどなく東成田へ到着する。右手には使
われなくなった1面2線のホームが暗闇の中に浮かび、かつての成田空港駅としての面影がかすかながら感じ取れた。
ここで「その道らしからぬ人々」はほとんどすべて下車してしまう。一般の人にも関心が高いと思っていたのは早合点だったのか。車内
に残ったのは結局「その道の同業者集団」だけであった。入れ替わりに、先頭車両へ警察官が2人乗り込んで来た。成田空港や芝山鉄道の
成立の経緯を考えると、警備が厳重にならざるを得ないことは想像がつく。私は趣味の世界から一気に現実に引き戻されてしまった。
いよいよ芝山鉄道に入線だ。乗務員の交替はなく、京成の乗務員が引き続いて運転を担当する。東成田の島式ホームを挟んでいた2本の
レールが1本にまとまり、しばらくの間は単線トンネルの中を行く。2分ほど走って地上に出ると右側一帯は空港の続きで、巨大な航空機
が身を横たえているのを見やるとすぐに減速し、あっけなく芝山千代田駅に到着した。
駅の裏側には空港関連施設と思われる建物が並ぶが、駅前広場に立つとほとんど何もない。ただし今日は目出たい開業日なので、居並ぶ
芝山町関係の人々から盛大な歓迎を受ける。改札のところでは、芝山町が全国一の生産を誇るというサンダーソニアという可憐な花を配布
している。私も花と地元産のお米と、そしてなぜかコンポスト堆肥のミニパックをいただいた。米と堆肥は背中のリュックに詰め込み、花
はリュックのファスナーの上の部分を少しだけ開けて、そこに挿して歩くことにした。目立つことおびただしい。
芝山千代田駅の精算窓口にはパスネットカードを持つ人の列が出来ている。芝山鉄道ではパスネットが使えない。私もそれを知らなかっ
たから、成田で残額の多いカードを持っていたら、そのまま改札を通って同じ目にあっていただろう。何がどう転ぶかわからない。
スケジュールの都合があったので、私はそそくさと券売機で帰りの切符を買い、再び階上のホームへ上がった。帰りこそは最前部かぶり
つきでと思っていたもののすでに満員状態だったので、最後尾の車両で「逆かぶりつき」に興じることとする。こちらは空いていた。
東成田へ向けて列車は動きだす。後ろから見ていると、芝山千代田は1面1線の完全棒線駅にもかかわらず立派な出発信号機と場内信号
機が設置されている。出発信号機はまだしも、場内信号機はほとんど意味がないような気がする。東成田の出発信号の進行現示で芝山千代
田に向かった列車が、この場内信号機で止められるケースなんてあり得るのだろうか。
列車は再び東成田に到着。若干の客の乗り降りがあり、全く普段と変わりないような風情で成田へと出発する。逆かぶりつきで後方注視
していたら、駒井野信号所は東成田方面が直線で、成田空港方面が分岐して行く形となっていることに気付いた。こんなところにもこの路
線の歴史を垣間見ることができ、面白い。
列車が市街地に近付くにつれ、あたりが霞んできた。京成成田駅周辺は濃い霧に包まれている。成田で降り立った私は、白い空気の中を
早足でJR成田駅へと向かった。とにかく乗り継ぎ予定の成田線列車の発車まであと5分しかない。生まれて初めて経験した「新線開業当
日初乗り」は、こうしてまるで芝山鉄道のようにあっけなく終わったのだった。