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その少年は、物心ついたときから大の鉄道好きだった。

言葉の遅い子だったものの「でんしゃ」という語はかなり早いうちに覚えたようだ。

彼の父親は鉄道には余り興味のない人だったが

息子を喜ばせるため「でんしゃ」を見にあちこちへ連れて行った。

ある日父親は、彼に蒸気機関車を見せようと湊町駅へ連れて行った。

昭和40年代前半といえば全国的に蒸機の淘汰が進みつつある頃だったが

関西本線にはまだ蒸機牽引の貨物列車などが残っていた。

その日の湊町の側線には、錆の浮いた蒸機が数両留置されていた。

廃車回送を待つそれらの機関車に向かって少年は

「汽車くん、また来るから元気で待っててね」と手を振った。


父親は息子の肩に手を置き、かける言葉が見つからないまま湊町を後にした。

久しぶりに訪れた湊町には、蒸機の姿はなかった。

色とりどりの気動車や客車に目を輝かせる少年の心の中に

解体直前の機関車と再会を約した記憶が残っていたかどうかは、定かではない。


キャプション・撮影データ

駅内ぎゃらりー top